切なくて苦しくて「阿吽のビーツ」

楽曲紹介用サムネ ゆかりver 楽曲紹介

阿吽のビーツ

今回は切なくも美しく、儚くも懐かしいそんな楽曲を紹介させていただきます。

今年の8月に投稿されてから3ヶ月。とんでもない速度でニコニコ動画にて殿堂入りを達成した今を輝くボカロPである羽生まゐご様の「阿吽(あうん)のビーツ」です。

Music : 羽生まゐご Illustration:瀬川あをじ

鮮烈で美しい歌詞と力強さ

イントロからしてもう素晴らしいのがわかるのですが、凄まじいのはその言葉選びのセンスでしょう。

伴奏に乗せて響き渡るflowerの歌声のなんと力強いこと。

その歌詞に秘められた重みたるや、圧倒されすぎて思わず「おぉ」と感嘆の吐息が漏れるほどでした。

悲恋を歌った曲は数多くあれどここまで、ここまで切なく儚い歌が他にあっただろうかとどんなに記憶をたどっても見つかりません。

まず登場人物となる男女の恋のカタチ、恋愛に対する価値観の表現が目を引きます。

「飾りあって、分かち合っていた」

これはなかなかに濃い表現ではないかと。

正にと言いますか、恋愛の不安手な歪さを上手く言葉で表しています。そもそも濃い恋愛ってなんやねんという話になるのですが、恋愛ってそもそもが歪なんですよね。

それは当然なんです。なにせ性別が違うってだけで趣味嗜好がどこか違う。それを分かち合うのはそれこそ「愛」なくしてはできないのですが「飾りあって」という言葉。これは鳥肌が立ちました。

鮮明かつ鮮烈な表現が歪さを物語っています。

「雨が降って愛が去っていた」

これもまた素晴らしいですよね。悲しみや悔しさと言った負の感情を美しい表現でもって華やかに書き出しています。

ストレートではなく緩急をつける変化球のような魅力。これこそがこの楽曲の魅力なのでしょう。こりゃあ殿堂入りするわけですよ、なんてったて名曲過ぎる。

和風で雅な美しさ

久しぶりにかなり和風な楽曲を聞いたのですがこの和の美しさは素晴らしいの一言ですね。歌詞の美しさもそうですがこの伴奏の雅な魅力も聞きどころの一つでしょう。

どこか郷愁を誘うような和の音色。この作りこみの素晴らしさには脱帽です。聞くたび聞くたびに味わい深く、鳥肌が止まらない感覚を味わっていました。

和風の楽曲でよくあるのがROCKとの融合なのですが、この楽曲の場合、ROCKとはまた違った楽曲に仕上がっているように思います。

和ROCKの素晴らしいところは和楽器というか、和の音色にある温かみや響きというのは洋楽器にはないものなのです。疾走感のあるROCKに和の温かみを足す感覚と言いますか、総じて和ROCKにはどことなく儚さや独特な響きがあり、そこが魅力なのです。

この楽曲の素晴らしさはその和ROCKに当てはまらないところでしょう。

ROCKというよりはかなり和に寄ったつくりをしており、それがflowerの力強い歌声と素晴らしい歌詞と見事にマッチしており、他に類を見ない美しさと響き、雅さを形作っています。

正に、ボーカロイドとボカロPの阿吽の呼吸。素晴らしい作りこみです。

動画に使われているのが写真であったりカメラで撮った動画などが使われているようで、白黒に加工するセンス、イラストの美しさも相まってMVとの親和性もばっちりですよね。何回でも見たくなる魅力に溢れています。



ラスサビの破壊力

ここがやはり聞きどころでしょう、ラスサビ。このラスサビの破壊力たるや、涙腺に直球で剛速球を投げられたかのような鋭さに満ち満ちています。

「ずっとこれからだったのに」

この言葉、すごいですよね。

これから先ずっと傍にいて、いろいろな思い出を分かち合うはずだった二人。これからだったわけです。二人の未来はこれからだった。

そんな二人を引き裂いた運命に対する二人の思いがこの言葉に凝縮されていますよね。

涙腺に来ました真面目に。これは切なすぎる。しかしこの軽快な音楽とミスマッチにならない独特の雰囲気はなかなか生み出せるものではありません。

何度聞いても素晴らしい、何度聞いても泣けてくる強烈な破壊力のラスサビは正に必見、必聴ものですね

じっくり音楽の世界に浸りながら、情景を思い浮かべて聞いてみるといいと思います。

最後に

羽生まゐご様に一言「とてつもなく素晴らしい楽曲に出会えたことにまず感謝いたします。ありがとうございました。表現力の豊かさや、楽曲の丁寧な作りこみに感動いたしました。和風なテイストの楽曲と歌詞の見事な調和、本当に素晴らしかったです。ファンになりました、これからも名曲を作っていってください!!」

コラム的豆知識「阿吽」とは

そもそも阿吽(あうん)とは何ぞやという話をします。

阿吽の呼吸という言葉、皆さん一度は(というか、割と頻繁に)耳にしたことがあると思うのですが、テニスや卓球などのダブルスなどにおいて、二人の息がぴったり合っていることに対して使われることが多いですよね。

基本的には、二人以上の人間で何かをする際に、その微妙な気持ちや調子がピタリと合う事を指します。

詳しくは、「阿」は口を開いて発音することから「吐く息」という意味で、「吽」は口を閉じて発音することから「吸う息」という意味。それを合わせることを「阿吽の呼吸」というわけですね。

密教では「万物の根源」の象徴とされています。神社にある狛犬の一対は、一方が口を開けた「阿形(あぎょう)」、もう一方が口を閉じた「吽形(うんぎょう)」と言いまして、これが「阿吽(あうん)」を表しています。

これをふまえて楽曲をもう一度聞いてみますと、二人がどれだけ愛し合っていたかがなんとなく伝わるのではないでしょうか?

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